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【友達】「親友訣別」【告白体験談】

カテゴリー:友達との告白体験談
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50年間付き合った大学時代からの親友と 訣別するに至った経緯です。

これで‥兼ねてから 心に蟠るものを払拭しました。

これは彼に送った 最後のメールです。

K 様                                           youkou

未練な‥ 最後のラブレターと思ってもらっても良い…。

でも…十中八九‥ 自己中心的な君の心には届かないと思っているが…。

今年から年賀状が来なくなった処をみると ようやくコッチの気持ちも通じたようなので、数十年の付き合いの お別れを云って置くことにする。

結局‥アンタとは オレの片想いの数十年だったが、何も 後悔はしてい無い。

ただ別れるに当たって 誤解され放しはイヤだから、オレの考え方・感じ方を もう一度だけ云って置くことにする…。

[絶交のこと]

オレは アンタが好きだった。

だから 何かを云っても、考え方を〝変えろ〟とか〝謝れ〟などと云う気も無かった。

ただ云えば‥付き合うのに、少しはオレの気持ちも察して欲しい‥ と云うことだった。

オレがアンタと 付き合いを絶ったのは、アンタが何のつもりか コンピュータを買った後、アンタがオレにアドレスを通知せず 付き合いを仕切ってきたからだ。

嫌われたのに コッチから付き合いをお願いするほどの弱みは無いから、オレはそれ以降 これまでそのまま様子を見てきた。




そうしたら アレだけの騒ぎをした後に、アドレスを開いた‥と電話連絡!をしてきた。

それもトボケた話だが コッチは不慣れのカン違いだろうと、(こちらで そのまま転記できるように)メールをしてくれ‥と云ったら 何が気に食わないのか、アンタはそのまま勝手に仕切って その後の連絡を絶ってきた…。つまり‥ 絶交はアンタからなんだよ…。

[ブログのこと]

オレとしては 云いたいことは山ほどあった。

しかし アンタがここでオレを仕切ったから、結局オレはアンタが (アンタの妹の)女房とのことを書いたオレのブログを読むのがイヤなのだろう‥と邪推して、交信を 遠慮するしか無かった。

そのブログの内容だって 元はと云えば、アンタがオレに 〝妹と結婚したのは 君のお袋さんの面倒を見させるためだったのか?…〟と聞いて来てからのことだった。

オレが裏ブログで 女房とのことを、媾合のことまで縷々書いて 自分の気持ちを突き詰めてみた動機は、結婚以来の‥ アンタのオレへの残酷な物言いからのことだ。

アンタは自己中心で 自分の思ったことは、オレの感じ方などお構い無く ニヤニヤしながら突き付けてくる癖がある。

具体的には こうだ。

結婚のときは ウチ(アンタ)の家族が〝アイツは 母子で一間で暮らしているなんてオカシイ(母子相姦を疑ったのか?)‥から調べさせた‥〟と云った。

最近では 義姉が、〝 妹とは付き合うが 連れ合いとは付き合いたく無いから、家へは行か無い…〟と、オレの顔を見ながら云う。

その挙句が 〝妹と結婚したのは お袋の面倒を見させるためだったのか?…〟と云う突っ込みだったんだよ…。

オレは一体 どんな顔をして、アンタに どう答えれば良かったんだろう?…。

[女房とオレ‥]

オレはそのとき アンタにどう答えれば良いのか‥判らなかった。

女房との結婚は お袋の面倒見のためなんかでは絶対無い。

しかしどこかオレに 後ろめたい思いがあるのは、(女房と付き合い始めた理由が 女房が好きだった外に)〝アンタとの 縁を切りたく無い‥〟と云う思いがあったからだ。

オレは 女にもマラが勃ったから、それは 不自然では無かった。でも‥ 結婚してからは、オレは 女房の身体の女の部分にスッカリ負けた。あの華奢な細い身体を撓らせての ヌラヌラした媾合に味は、もう毎日‥ ヤリたくてヤリたくて、お日様が黄色く見えるほど ヤリ捲くったよ…。

女房は 始めはオレに、マグロみたいに 身体を投げ出すだけだったが、その内に肉体的・精神的に目覚めたら オレの心と身体を掴んで振り回した。

それは あの普段の、和服が似合う‥淑やかな身ごなしからは とても考えられ無い、無邪気で卑猥な 二人だけの媾合だった。

オレは女房と ことさら猥褻に、日常は考えられ無いような 媾合の体位を取ることで、アンタとのこの世での関係が 一層深まる気がして嬉しかった。

女房も すぐセックスが好きになり、〝ねぇ… もっと変わったことをしようよ…〟と云い始めた。そしてオレは 結婚してからアンタに会うと、アンタの顔を見ながら 女房との夜の絡みを思い出して、アンタと 陰部で繋がった気がして嬉しかった。

女房は 舌を絡め‥股を開いて跨り‥、小気味良く 腰をクイクイと遣い回して乱れた。

それに‥無邪気にベッドで戯れ セックスの快感をオモチャにする女房も可愛かった。

オレはそんな女房に 唯々諾々と応え、大股開きの股座に 首を突っ込み、薄い毛叢の中の 勃って小さなペニス形のピンクに剥けたクリトリスを、舌で擽りしゃぶってやった。

女房は舐めると悦んで すぐオメコに卑猥な膣液をズルズルに溢れさせたから、オレはそれも 外側の陰唇のビラビラから膣の中まで、舌を差し込んで 舐めてやった。

悦んだ女房が オレに舐めさせながら、オレのマラを咥えてくることも屡だった。

69でオレがイクと 始めはそれを呑んでくれたが、次にはそれを口に含み 口移しでオレの口に入れて来た。苦い精液が 女房の唾液で甘くなっていた。

甘い精液は 二人の口を行ったり来たりし、やがて二人で目配せして 分けて呑んだ。

オレは それをブログに書いて確かめた。

そして‥ オレはこんなにも、女房を愛していたんだ… という自信を持った。

女房は結婚前と違い 結婚後はウチのお袋には仏頂面を剥き出しにした。笑顔で人間関係を作ることなど 全くし無かった。

その意味では 女房も立派に自己中心で伏線不足のアンタと同じ血統で、そんな女房とお袋の不仲は いつもオレが苦しみながら捌いた。

結婚前 お袋には心積もりのオレの幼馴染があったが、オレは 承知しなかったんだ。

だから‥ 女房は、家にお袋が居る問題の外は 倖せだった。

そしてお袋は 空気を察して、関西へ働きに行くと云い 花屋をやって独立しようとし、やがて親戚の会社の寮のオバサンを引き受けて別居したりした。

だが‥オレは ブログに女房の嫌な面は書かず、オレとの 倖せな日々だけを描いた。

だから本来‥アンタは オレの裏ブログを「読む責任」があるんだよ…。

そして女房が、(アンタほどデカく無いマラで 可哀相だったが)マラを口に咥えてしゃぶり、裏筋まで舌先で擽って イカせた精液を呑みこんでくれた経緯や、濡れたオメコにオレのマラを嵌め込んで 二段に絞めて絶頂汁を垂れ掛け、二人での快感に酔い痴れて涎を垂らし 白目を剥いて気絶する‥卑猥に嬉がる姿を 総て読むべきなんだ。

それに‥もう お互いに‥いつ死んでも良い年になった。

そろそろアンタも子供じゃ無いんだから 肉親のセックスも‥多少は客観的に読んで貰えるか‥と思ったが、結局‥ヤワな世間並みの常識の枠から出られず ダメだったね。

最後にアンタは 幼少時代からの感情を引き摺って、センチメンタルな奇麗ごとに拘り、オレにはさんざイヤな思いをさせて 失礼で勝手な形で交信を絶った。

女房との記録には触れようともせず 卑怯にも交信を絶つと云う方法で誤魔化して、読まずに済ます ナァナァ作戦に出た訳だ。

それも‥数十年前なら‥、お互いに あんな大人になりたく無いなぁ‥と言い合った、唾棄・軽蔑すべき 俗っぽい方法で…。

オレはつくづく アンタの人間が変わったんだ‥前のような期待をしてはイケナイんだと痛感したよ…。

[あいさつのこと]

だから…義姉の会社からの歳暮の件も心外だった。

アンタに歳暮の礼の言い方で 文句を云われるとは思わなかったよ。

おまけにアンタは 〝家に来たとき あいさつさせると云ったろう…ボケたか…〟と来た。もう‥オレは ゾッとしたよ。

オレは今でも 面と向かって他人に、歳暮を贈れ‥なんて云う趣味は無いんだよ…。

あの一言は アンタがオレをどう見ているか‥が良く判った一言だった。

亡き義兄には サラリマン時代に、役員の 名前貸しを頼まれた。

今の社長には 代替わり後、何も 頼まれてい無い‥。それが オレの〝あいさつ(正式な依頼)が無い‥〟と云う意味だったんだ。

義兄に 頼まれた後、オレは独立して 経営コンサルタントを業としてきた。

そのオレに 今「あいさつ」をするなら、財務諸表ぐらい 見せるべきだと思っている。

アンタがオレを 経営コンサルタントとして認めてい無いことも良く判っている。

もうこの際 あの会社の役員の、オレの名義は 消して欲しい。

今の社長とも 恐らくアンタの仕切りだろうが、親の死を知らせて来ない (村八分の)扱いをしてきたから、以降 年賀の付き合いも絶った。

あのオヤジさんには 私なりに、前の社長‥義兄の葬式のとき 泊まったホテルで、今の社長の行く末を頼まれた 思いが残っていたんだよ…。

[自己満足‥]

思えば オレのアンタとの数十年は、オレの 自己満足ダケの数十年だった。

それでもアンタは その時々に自分の気持ちを話してくれたし、オレもそれで満足してきたが、結局…アンタは オレの気持ちなり業績なりを認めることは無かったね。

して遣った仲人の礼だと 後になって、エラク高価な‥はんさんのビデオを 勝手に送って来たが、オレは あんなモノより、当時のアンタの悦ぶ顔が見たかったんだ。だけど その当時のアンタは、迷惑顔の仏頂面で それこそ一言のあいさつも無かった…。

結婚前に 山の事業所に送った書籍への反応も、結局は アンタ側だけの感想だけで、当時のオレの 苦しい心境に触れてくる返事は無かったね。

著書を出して アンタに送っても、アンタは 〝あんな‥判り切ったことを書かなきゃいけないのかね…〟の一言だった。

オレは アンタにこそ、正当なライフワークの評価を して欲しかったんだけど…。

オレの趣味の作品を書いて送っても 何の反応も無かったね。普通なら 内容は判らなくても、オレの作意への反応‥ぐらいは あっても良い処だが…。

尤も 義姉が、〝会社の金庫に入れたら 金庫が開かなくなってまだ読んでい無い…〟とウヤムヤにした話は、馬鹿げていて 論外だが…。これが アンタの姉なんだよ。

下手は判っているが 二千首の歌を詠んで送っても、無関心そのもので 〝家の中の歌ばかりだね…〟の一言で片付けられた。オレの心情など 全く無視された。

ナンなのだろう?‥ この無反応は…。オレは 人がイイから気付かなかったが、アンタの家には スゴイ嫉妬心の血が流れているのかしら…とも疑ったものだった。

そんなことで‥数十年、アンタからはとうとう‥ オレの心の察して思い遣る言葉は聞け無かったね。でも‥良いんだ オレはアンタが好きだったから…。

これを読むとまた 巳年の執念で、お前だって‥と切り返してくるだろうが、それももう‥ 想定内のことだ。聞いてやるから その気があったら何でも云ってきてくれ…。

[バイ性向の こと]

オレだって一応 社会人だから、いくらアンタが好きだと云っても、昔も今も アンタとは 社会的なルールの範囲内で付き合ってきたし、今後も そう付き合うつもりでいた。

男が好き‥と云っても 抱き合って寝たのはアンタとの一夜だけだよ…。

でもオレの真情は 結婚して女房のオメコにマラを突き立てながらも、女房の苦悶の表情に アンタのアクメの表情を重ねることもあったんだ…。

オレ達の 若い時代には、〝結婚できて 女とヤレればホモじゃ無い‥〟位の区分しか無かった。

だから‥独身の頃は 何も出来なくても、アンタと一緒にいるだけで 愉しかった。そして 会った後の 別れの淋しさを、夜‥布団の中で アンタを思いながら、自分をマラを扱いて 紛らせることもしばしばだった。

だから昔‥ 日比谷で、アンタに思い切って セックスの処理の仕方を聞いたら、アンタが割りに素直に 〝ウン‥ 新聞紙を敷いてヤッている…〟と告白してくれたときは嬉しかった。尤も例によって‥オレの側のことには無関心で、オレが話したくても 何も聞いてくれなかったが…。

この前 アンタの家に6時間も居たときも、さんざ水を向けても 遂にアンタは、〝人間って そう云うものじゃないか…〟という 一般論しか言わず、アンタがオレをどう想うのかは避け、向島のオネエサンとの‥如何にも健全めかした 性欲のハケ場の話で誤魔化していたね。アンタがノンケなら‥ノンケと云ってくれれば また別の質問もあったんだ。

オレが 決めることじゃ無いけど、ブログのゲイの友人に 5人ほど聞いてみた。

そうしたら 5人が5人‥、二十歳代の男が 銀座を仲良く手を繋いで歩き、旅行して 温泉宿で抱き合って素股を絡めて眠り、結婚した家に泊まりに来て 夜中に布団の中に手を伸ばして来る‥なんて、絶対にバイだ!‥ と断定したね。

アンタが あくまでノンケだと云うならそれでも良い。でも世の中‥ 視点を変えるとスゴイことが見えてくることも知って置いた方が良いと思うよ。

アンタが 川崎の家に泊まりに来た晩、世間的には新婚の家に 女房の弟が一晩泊まって行った‥ということに過ぎないが‥コッチ側の事実はこうだったんだ。

あの晩 アソコでは、アンタが知らない内に 3Pが行われていたんだよ。

布団をめくった情況で 説明すればこうなるんだ。

オレの右側からは 女房の兄のアンタが手を出してオレの手を握っている。

オレの左側からは 女房が、兄のアンタが夫婦の部屋に泊まる昂奮と 兄の前でと云う悪戯心から、アンタに気付かれ無いように オレのマラを弄り始めている。

オレは 右手でアンタの手を握り返しながら、女房のアプローチに応えようと 左手を伸ばして女房の乳豆を指先で転がし始める。

その内に こんな際どい情況で胸を弄られて昂奮した女房は、とうとうオレマラを扱き始め オレはそれに堪えられず、敢え無く 女房の掌の中にダクダクとイッてしまったんだ。

アンタは 隣で女房がアレだけの動きをしているんだから、ヒョッとしたら 気付いたかも知れ無いが、この間‥ずっと 右手を強く弱く、繰り返しながら 握り続けていたね。

これはもう エロビデオそのままの情況で、この形では客観的に見れば 女房と兄(つまり 女房とアンタ)はイロキチガイと云われても仕様が無い‥情況だ。でも‥オレから見ると この形の夫々のペアは、純粋で 美しくさえ見え、オレに取ってあの夜は 一生の内でも最高の一夜だったと思っている‥。

オレ自身も アンタに手を握って貰いながらイクなんて、こんな倖せは 無かったよ‥。

[云いたい こと]

だからさ… もう明日にも死ぬかも知れない歳になって、アンタも少しはオレの気持ちも察して オレにだけは‥もう少し気楽に本音を話せないか‥と云うことだったんだ‥。

アンタなら恐らく‥また、シツコイ理屈を捏ねて 言い返してくるのがオチだろうけど…。

オレの方は それならそれを‥ジックリ聞かせて貰っても良い。でも もう終わりだ。

前には‥何にも云わずに どこか温泉にでも行って、一晩呑んで 黙って抱き合って総て忘れるのもいいナァ…なんて思ったこともあったけど…、総ては 夢になったね。

繰り返して云うが これはオレの勝手に想った話しで、アンタに〝どうしろ…〟と云うことでは無いんだよ…。アンタを想い続けた 自分の一途な青春が懐かしく惜しいだけだ。

別れるに当たって ただ(オレの誤解にしても 想っていることを)判ってくれれば良い‥と願うダケだ。しかしそれも ここにこれだけ書いたら、もう‥どうでも良くなった。

昔‥大學の頃 オレは〝これから一生‥ 俺はこの男に我慢し続けるだろうな…〟 と諦めたことがあった。

アンタはもう スッカリ忘れているだろうが、キャンパスの二階の製図室で オレはアンタに雲形定規を折られた。普通に使っていれば 折れるものじゃぁ無いんだけどね。

そのときオレは 文句を云いたいのをグッと抑えて、〝オレはこの男が好きだから これからも総てを許そう…〟と思ったんだ。

だからアンタはこれからも今まで通り 何でも自己中心で勝手にヤレば良いんだよ…。

まぁ‥ せいぜい長生きしてくれ…。◇

PS:

云い残したが 女房とのことを書いた裏ブログは、オレが死んだら 全部‥、総てアンタともよく一緒に呑むことの多い 息子も読むように手配してある。

将来‥ 孫娘が嫁にでも行ったら、〝お前のお祖母ちゃんは こんなにもセックスを愉しんだんだよ…〟と 読ませるようにも言い残した。

アンタとのことは この手紙を含めて、オレが死ぬと 経緯はブログに書いたから‥息子や孫に読まれるが、それも 構わないと思っている。

始め この裏ブログの始末は‥、オレが死んだ後のことは 総てアンタに託すつもりだったが、こう話しが拗れては仕方が無いので アンタに頼むのは諦めた。

オレより長生きすると 少し間の悪い思いをするか知れないが、それもアンタの生き方だから 仕方が無いと思っている…。(以上)


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2013年9月6日 | 告白体験談カテゴリー:友達との告白体験談

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