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【人妻・熟女】田舎の同級生と【告白体験談】

カテゴリー:人妻との告白体験談
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8月の11日から15日まで、石川県の小松市に帰省してきました。

高校までは小松市で育ち、大学から東京のR大学に入り、次女ということもあって、東京のデパートに就職しました。33歳です。

新宿のデパートで、紳士服の担当でした。

かなりお高い商品が多いところでしたが、やはり東京は凄い値段のブランド洋服が平気で売れるのです。

20万や30万の紳士服なんて、田舎では考えられぬお値段です。それがボーナス時期や、VIPの人に売れるんです。女性物ならあるでしょうが。

毎月来てくれるお客さんにデートを申し込まれて、それが発展して25歳の時に結婚したのです。

でもこの人は二人の子供が生まれると、ほとんど家には寄り付かなくなり、お姑さんにいじめられて仕方ありません。

元の職場に相談したところ、派遣社員ならと良いといわれてまた勤め出しました。

子供は5歳と3歳ですが、両親に預けて仕事をすると、昔の仲間もおり毎日が充実しています。

この歳でも時々はお誘いを受けます。子供が二人いても、日頃はセックスレスですから時々は、トキメク人とお付合いをしてセックスも楽しんでいます。

でもお互いに深入りしたくないので、結婚している人でSEXだけを楽しむ人とだけ付き合います。

でも2,3回以上はお付き合いしません。情が移ると怖いですから。

ところで田舎の両親も61歳と,65歳になり、お墓参りもあるので小松市に帰省しました。

たまたま高校の同窓会が14日に開かれて、田舎の料亭で行われました。

お昼の食事でしたがかなり高級で、独り5千円の会費でした。




お酒は男性が持ち、日本酒の大吟醸「手取川」が出ました。

夏の冷や酒は美味しく、あまり飲めない私も小さなグラスに5杯ぐらいは飲みました。

夕方になり、私は実家に泊まる積りで、男性陣の方に美川から、小松市内まで車で送ってもらいました。

「僕は君のことが高校時代は物凄く惚れていて、お正月には年賀状で一度デートしてくださいと、書いたのを覚えていませんか」と言われました。

康介君は、確かに生徒会長で物凄く女の子には人気があり、私なんかはとてもその時はそばにもよれない心境でした。

「あの時の康介君は学校一の人気者で、私なんかは相手にしてもらえぬと思い泣く泣く諦めたのに、本当に私が好きだったの?」と聞き返しました。

「そうだよ、あの頃の渚は最高にカッコよくて、どうしてもデートしたかったのに連絡が来なく、俺も泣いて我慢したんだよ。今は結婚しているけど、お前の親友の紗智子に今度の同窓会に出ると聞いて、会いたくて忙しいのに出てきたんだよ、今夜は金沢に行ってデート出来ないかなあ」

と言います。

確か康介は頭もよくて、金沢大学の医学部を出て、金沢市内で産婦人科医をして成功していると紗智子に聞いたばかりでした。

実家の母親に携帯で連絡を入れて「もしかしたら今から金沢に行くから、今夜は帰らないかも知れないよ」といいました。

金沢では片町の高級クラブに行き、お酒を飲みました。常連らしくママも最高級のお持て成しです。

夜の10時ころに「これからどうしようか?」と聞かれました。

「康介のしたいようにしていいよ、私は結婚しているけど、セックスレスだから何でもお付き合いするよ」とかなり際どく説明しました。

まあ早い話が今夜は君とセックスできるよという意味でした。

金沢は文化都市(古い説明で恥ずかしいです)なのでラブホが無く、まあ温泉にでも行けば良いのですが。

湯湧温泉の素敵な旅館があるよと聞き、そこに行く決心をしました。

かなり古びた温泉街ですが、そこはかなり奥に面していて、いかにも秘湯で隠れ宿の雰囲気でした。

彼は日ごろから使っているようで、女将さんが出てきて直ぐに、誰も来ないような8畳間の和室と、8畳間のベッドルーム、それに内湯で露天風呂まで着いていました。

浴槽の横には、黒い濡れても使えるようなマットが敷いてあり、そこでの性行為を暗示していました。

もう夕食も終えているし、冷たい飲み物だけを用意してもらい、チップを渡すとお手伝いさんは朝まで顔を出さないようでした。

早速、全裸になりすぐお風呂場に直行です。

彼は産婦人科医師でもありますが、スポーツ万能でゴルフもシングル、水泳も全国的な選手でした。

ですから178㎝の裸体も、ローマの彫像のように見事で胸筋が三段に着いていますし、陰茎の見事さは想像以上で、その逸物は松こぶしのように逞しく赤銅色に艶光っていました。

茎根は脈打ち、亀頭は横から見ると、細長い茄子の形をしています。

最初私は横に背を向けて顔を羞恥にしかめ面をしていましたが、康介の陰茎にオモチャされ、硬直したつるつるした部分で、捏ねるようにじらされると、私のぬめらかな部分が活き鮑のようにくねり、ひきつくような淫猥さでした。

「奇麗だよ、渚のチャンペは」こちらでは女性器はチャンペと言います。

セックスのことは”ベベをする”と言います。

久しぶりの淫猥な言葉にもう濡れ濡れにアソコがなって「早く入れてチョウダイ」とせがみました。

「まだまだだよ、少しは前戯をしないと」と言いながら、お豆の所を吸いつきます。

膣の中に指を入れていわゆるGスポットを捏ね上げます。

息が止まりそうになりました。物凄い快感で今までにした性交の中で一番の素敵な前戯です。

「奥まで見えるの、見てるのかしら」と聞きますが、見る勇気はありません。

「渚のアソコはとても奇麗だよ、本当に子供を産んでいるとは思えないね、俺は毎日5,6人の女性器を触って見ているけど、こんなに奇麗なチャンペは見たことないね、まるで18歳の処女みたいだよ」まあお世辞だとは思いますが気分は最高です。

彼は両手でアソコを左右に開いて肉唇を、舌を転がします。

じゅる、じゅる・・・じゅうる〜、喉の渇きを癒す様に愛液を吸います。

私も負けじと彼の肉剣の先端に唇を当て、カウパー液を飲み込みました。

「私、上になりたいよ〜」と甘えると「どうぞお好きなように」その希望を受け入れて仰向けになってくれました。

彼の上に両脚を広げて跨ります。

濡れそぼった彼の抜き身を手で掴み、その上に腰を下ろしました。

ぐにゅぐにゅとそれは膣を分けて挿入されます。まあ子供を二人産んでいますから、どんな剛刀でも簡単に入り、根元まで貫きます。

子宮口に大きな亀頭がぶつかって、突然呻き声が漏れます。

下からマンコ目掛けてペニスがピストンされます。やはり運動選手だけあって筋力は物凄く私を乗せたまで腰を使っています。

「はあ〜っ、逝っちゃうよ〜、ああイクよ〜、イクイクイクイク〜ッ」

もう我慢できません。

ペニスの雄々しい鼓動とともに、すぐにエクスタシーに達してしまい、「あ〜ん、いいよ〜」と

腰が震え出しました。

絶頂で震える私を見ていた彼も、男根を埋め込んでぶるぶると震えるのに、下腹部が波打って爆発するように、射精感が襲い、尿道を駆け抜けて、亀頭の先端から栗の花の匂いを飛び出させました。

二人のクライマックスが同時に来たようで、肉と肉の合わせ目からじゅくじゅくと、愛液と精液の混合汁が蜜壺から溢れ出てきました。

「本当に康介のスケベオトコが。時々相手を変えてしているのでしょう」と睨みました。

「普段は妻としているので、浮気はあまり経験が無いんだよ、渚だからしたので、普段の俺は真面目なものだよ」と言います。

まあ本当には出来ませんが、嘘でもなさそうで、とても嬉しく思いました。

ところで昨夜は、1回戦で後は書けませんでしたが、今夜は続きを書きます。

金沢市の郊外の湯涌温泉は市内から30分で行けます。

その間に彼の奥さまとの、馴れ初めを聞きました。

彼女は年齢は一つ下で、同じ金沢大学の医学部の学生でした。

市内の武蔵ヶ辻のそばに、大きな病院があり、祖父夫妻、両親ともにお医者さんでした。

そこの長女に生まれ、彼とは大学生の時に知り合ったのです。彼女は21歳の時に、アメリカのシカゴの大学に編入して、外科に行き、物凄く手術を勉強したそうです。

3年で帰国するまでに100例は手術に立ち会ったそうです。

金沢に帰り、両親の経営する病院に勤務、外科の専門医でした。

彼女は大学時代に、ミスコンクールがあり、ミス金沢に選ばれるほどの美貌と才媛でした。

彼女が25歳の時に、この彼と知り合いすぐに結婚したそうです。

2児の男と女の母親になり、お手伝いさんに任せて自分は毎日外科の手術をしたそうです。

手術をした夜は、物凄く興奮して、その夜はいつも旦那さんとの性交を希望したとか。

生で出して欲しいというので、主人の性器のパイプカットの手術までしたようです。

性格としては淫乱ですが、ほかの誰かと浮気してもあまり関心は無いようです。

165㎝、51㌔、バスト86、ウエスト58、ヒップは90です。

ものすごくセックス好きで、アメリカでも狂ったように性行為をしたみたいです。

旦那さんが浮気しても、説明がつけば許すらしく、私とのことも話をするようでした。

夜中の1時に、大吟醸の「菊姫」を飲み、泥鰌の蒲焼きを食べながら、和室で2回戦に入りました。

さっきは騎乗位だったので、今度はバックから攻めてもらいました。

頭の耳の横を舐め、脇の下、背中、膝を甘咬みし、両脚の指を丁寧に舐めさせ、あとはアナル、それに続く蟻の門渡りを舐め、最後に膣と陰核を舐めます。

これをしてから、後ろ向きでオッパイを握り締めて、膣に陰茎を突き刺します。

一度性交をしているだけに、陰唇は厚く膨れてはれぼったくなっていました。

康介の性器は前より感度がよく、クリトリスを擦りながら、膣前庭のGスポットを丁寧に突きます。

私の身体は腰骨が蕩けそうになり、彼はぐいぐいと両手をお腹に当てて、腰をピストンさせます。

パンパンと隠微な音が、部屋中に響きます。仄かな行灯の明かりが私の裸身を奇麗に見せています。

私は首を絞められた時に出すような、妙な声が迸りました。

全身が激しくわななき、粒々の膣の壁に亀頭が当たり、我慢も限界です。

私の泥濘の海はどろどろで、ますます呻き、喘ぎ、股を開いて、潤んだ膣の壁が彼を桃源郷に連れ込みます。

「あああ〜んん、あああ〜んん」部屋中に官能の響きが流れ、痴肉が一層しまって、彼も堪え切れないようにペニスがピクピクと膣の中で跳ねます。

「ひ、ひいっ〜、こ、これはダメかもしれないわ〜、いっ、イっちゃうよ〜」

一条の光が総身を駆け抜け、物凄いエクスタシーに達しました。

炎のような快感に包まれて、一瞬の閃光の後で、激しく痙攣が始まり、彼の陰茎からの精液を奥深くで受け止めました。

二人は異口同音にアクメの声を揚げ、彼の熱いラブジュースを私の中に放出していました。

またも露天風呂でぬるぬるのあそこを洗ってくれて、”ちゃんぺ”の奥の精液を掻き出して掃除までしてくれました。

翌日も朝から交わりました。まるで狂った犬の交尾みたいに・・・・・。

前日は真夜中の3時まで性交に狂いました。

彼がなんでそんなにセックスのテクが上手なのか、理由が解りました。

今は33歳ですが、小松市では彼の家は子供に人気の玩具店でした。

私も子供のころは、そのお店で買い物するのが夢で、何に数回はそこで買い物をしています。

彼は金沢大学医学部に入学するのですが、電車通学では時間もかかるので、両親が知人を紹介してくれて大学のそばの、小立野に住む53歳のオバちゃんの家に下宿しました。

この人は花街育ちで、16歳の若いころから芸者さんをして、能登の実家に仕送りをしていました。

18歳の時に、紡績会社の60歳の社長に水揚げされて、2百万円で身体を売り破瓜しました。

すごく素敵な旦那で、小立野に1軒の住処をくれて、そこで週一回の夜は旦那さんと性行為、その前は東の郭でお仕事をしていました。

まあ芸者ですから、踊りや都都逸、長唄、小唄、三味線も何でもできました。

10年ぐらいすると、旦那との性行為中に、脳梗塞で腹上死をして、その家だけは遺産でもらいました。金沢でも高級住宅地120坪に、80坪の家は高価です。

今なら一億円位でしょう。

次の旦那は地方新聞社の社主で、この人も67歳で、月に2,3回は性交をするだけで、月のお手当は100万円でした。この方も腹上死ではありませんが、77歳で亡くなりました。

彼女もその頃は39歳で女盛り、三度目も地方デパートの59歳の社長のお妾さんになりました。

この人との性交はかなり激しい人で週に2,3回は交わっていました。

彼女が45歳の時に、またもやゴルフ中に脳卒中で倒れ、帰らぬ人になったのです。日頃のセックスの疲れが出たのかもしれません。

愛人生活を30年もしていていて財産は、3億円位は貯めたようです。

一人でのんびりと世界一周の旅行に出かけたり、ハワイに別荘を買ってのんびり生活していたそうです。

53歳で金沢の高級住宅地でのんびり生活していると、暇なので大学生を下宿させたのです。

それが彼と彼女の出会いで、3月下旬に下宿して、18歳の4月にはオバちゃんに誘惑されて、童貞を捧げたのです。

最初の性交は5分しか持たなかったのに、毎日して3ヶ月後には30分、半年後には1時間は持ち、セックステクを十分に教わったそうです。

「一麩、二雁、三反」という言葉があり、一番に良いマラはただ単に堅いものではなく、どんなヴァギナにも合う、柔軟なペニスがナンバーワンなのです。

二番目の「雁」は、ペニスの亀頭の部分が高く張り出していると、女性に強い刺激を与えるということなのです。

三番目の「反」は、一物が反り返り、見栄えもよいし、膣の中でGスポットを刺激するマラなのです。

「八太九長」とあり、長いのと太いのは昔から意外に評価が低いのです。

現在でもソープランドの泡姫にも人気がないのは、勃起したときにデカマラが最低なのです。

彼の陰茎はそれがすべて当てはまり、そのオバちゃんは彼と毎日のように性交したみたいです。

この人と年間に300回の性行為を続け、花街で教わる性交テクを彼に教え込んだそうです。

どこを舐めると、すぐに気持ちが良くなるか、必ずイケる場所とテクを4年間も教えたのだそうです。

これが人生で一番役に立ったそうで、女性でイかなかった人を何人も救ってあげたそうです。

産婦人科医になったのもその時の体験が役に立ったようです。

その自信のあるセックステクで私の身体はもうメロメロ状態で、あの夜だけで、数十回はイカされました。

朝も食事前に、露天風呂のマットで4回目の性交をされて、お食事を運んできた女性にばれそうでした。

朝食後は近所をタクシーで観光をして、小松市内の実家に送ってもらいました。

あんなに素敵な”べべ”は生まれて初めての体験でした。

5年後の同窓会は東京です。その時にもぜひお願いしますが、毎年墓参りには帰省するので、連絡することにしました。

お互いの携帯には、二人の交接している性器のアップや、射精している彼の陰茎、私のチャンペのアップも彼に提供しました。

家に帰り、パソコンに移し替えて見ていると、いつもアソコがじゅんと濡れてくるのでした。


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2013年6月27日 | 告白体験談カテゴリー:人妻との告白体験談

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