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【浮気・不倫】旅館の若女将に子種を求められて応えた 【告白体験談】

「あぁ…お客さん、早くオチンポ入れてぇ#12316;子種を、子種を出してぇ#12316;」女将は自ら太ももをM字にかかえ、両手の指で

剛毛とビラビラをめくりあげた。

真っ赤に充血した膣口がパックリと開いた。



(これからの話は二年前の実話である。)

学生時代から神社仏閣巡りが好きな俺はゴールデンウィークを外して休みを取り、京都に旅に出た。



お寺なんか嫌だ、USJに行きたいと言う彼女と軽い喧嘩をして一人で来た。

泊まるのもホテルではなく古びた旅館を選ぶ。



泊まった宿は小さくて不便な場所にあるが四代続いた老舗らしい。

部屋に入ると若女将という女性が今は珍しい宿帳を持ってきた。



細面の美人だが和服の下に隠れた肉付きの良さそうな体にドギマギした。

三十代前半か?(こんないい女とやれる男がいるんだなあ…)と思った。


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2015年4月25日 | 告白体験談カテゴリー:浮気・不倫の告白体験談

【温泉・混浴】息子と泊まった温泉宿は若女将と黒ギャル白ギャルがいる混浴温泉だった2 【告白体験談】

息子と二人でスキーに行き、泊まった温泉宿は、金田一耕助の物語に出てくるような、秘境の隠れ宿みたいなたたずまいだった。

そして、そこを切り盛りする若女将は、和服のよく似合う色気あふれる良いオンナだった。

それだけでもこの宿にした甲斐があると思っていたが、お客さんとして泊まっていた女性二人が、最高にエッチな白ギャルと黒ギャルだった。二人とも美容師で、スノーボードのために来ていたとのことだったが、混浴風呂でその素敵な裸体を見せてもらえた。



そして、キャバクラ状態で彼女たちと食事をし、夜には若女将のスペシャルマッサージまでしてもらえた。





『じゃあ、マッサージ続けますね#9825;』

若女将はそう言うと、スッと立ち上がり、着ていた作務衣を脱ぎ始めた。そして紫のセクシーなブラジャーも脱ぎ、全裸になると、

『たるんでて恥ずかしいです……』

と言った。確かに、38歳という年齢なので、明奈ちゃんと比べると垂れてしまっているが、それでも抜けるように白い餅みたいな胸は、私の欲情をかき立てた。



肌の白さは、景子ちゃんと同じくらい白いと思う。でも、加齢のせいか、それとも経験数の違いからか、彼女の乳首は親指ほどの大きさがあり、なおかつ色素も沈着していた。そして、少し大きめの乳輪も、同じように少し色素が沈着していた。癒やし系の上品な顔からはギャップがあるエロい体に、私はイッたばかりなのに、先ほどからずっとカチカチのままだ。

そして彼女は、ポーチから小さなプラスチックのボトルを取り出すと、中身を手の平に垂らし、私の身体に塗り広げ始めた。それは、良い香りのするオイルだった。

『オイルマッサージしますね』


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2015年4月25日 | 告白体験談カテゴリー:温泉・混浴での告白体験談

【寝取られ】ただ一つのことのために全てを晒した妻 【告白体験談】

私は東京外国語大を卒業し松○電工の本社に就職しました。今は名前が変わってしまった会社です。

そこで5つ年上の今の夫と知り合い、25歳の時に結婚しました。

夫は私を本当に愛してくれ、私も夫を心から愛し、幸せな結婚生活でした。

しかし、結婚から1年後、義父が舌癌に掛かってしまったため、夫が実家の工場を継ぐことになりました。

夫の実家は都心から車で2時間以上掛かる田舎にあったため、私も夫と同時に会社を辞めてにUターンしました。

夫の工場は、地方にある農機メーカーの下請けでした。夫が社長になって、しばらくは非常に順調でした。。

発注元の農機メーカーからも先代と同様に発注して貰え、

私も専務などと煽てられて、従業員達と一緒に社員旅行で海外へ行ったりもしました。

ところが、折り悪く、リーマンショックによる大不況の波が当社にも押し寄せ、経営は非常に苦しいものとなりました。

売上の大部分を占める農機メーカーからの受注が一気に減ったことが大きな原因でした。



給与などの支払いが自転車操業状態に陥り、工場を閉鎖することも視野に入れなければならなくなりました。

しかし、従業員の多くは再就職の難しい年配者であったため、彼らの生活をなんとか守りたいという夫に

私も同意見でした。

なにより闘病生活を送っている創業者である義父にとって、工場は生きがいそのものだったのです。


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2015年4月8日 | 告白体験談カテゴリー:寝取られ告白体験談

【温泉・混浴】息子と泊まった温泉宿は若女将と黒ギャル白ギャルがいる混浴温泉だった 【告白体験談】

毎年冬が来ると、息子と二人で毎週のようにスキーに行く。そして、温泉旅館にもよく泊まる。小学4年生の息子は、今のところ私とそんな風にスキーに行くのを楽しみにしてくれている。

そのうち、一緒に行ってくれなくなるんだろうなと思うと寂しいが、今はなるべく沢山一緒の時間を過ごしたいと思っている。



寒いところが苦手な妻と、まだ小さい娘はいつも留守番なので、男同士の気楽な旅だ。今回泊まった宿は、かなり山深く秘境の宿といった感じだ。息子も、金田一耕助の映画に出てくるようなロケーションの宿に、妙にテンションが上がっていた。



宿は、古くて小ぶりな宿だったが、手入れの行き届いた清潔感あふれる宿だった。そして、何よりも私が良いなと思ったのが、若女将だった。若女将と言っても、多分30歳半ばだと思うが、こういう宿の女将にしては群を抜いて若いと思った。



そして、和服を着た彼女は、何とも言えない色気があふれていた。露出など皆無な和服なのに、どうしてこんなにエッチに見えるのか不思議だが、私はドキドキしっぱなしだった。



見た目は、安めぐみとか、そんな癒やし系と言われるルックスで、和服の上からでも結構なボリュームを感じる胸は、脱いだらとんでもない事になりそうだと思う。



『ようこそおいで下さいました。スキーでお疲れではないですか? すぐにお部屋にご案内しますね』

と、丁寧さと砕けた感じの混じった口調で挨拶をしてきた。まるっとへりくだった口調で接客されるよりも、ある程度馴れ馴れしい方が私の好みだ。



『僕、スキーは上手に滑れるの?』


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2015年4月1日 | 告白体験談カテゴリー:温泉・混浴での告白体験談

【人妻・熟女】「単棹独穴①‥申込ⅠⅡ」【告白体験談】

【まえがき】

これは昭和の中頃の‥ 初心で耳年増な二十代後半の男女が触れ合い、結婚して初めて‥ 童貞の一本のマラを処女のオメコに嵌め込み、お互いに‥長じてからは 親にも見せ無かった処を見せ合い擦り合って、タドタドしく 性生活を始めるまでの話です。

今の‥会って半日もすれば 嵌めて腰を遣っている若い世代には、ここに書くような 結婚でやっとオメコをヤレル時代なんて、考えられ無いでしょうが、敗戦後の昭和の中頃には、これが世間で一番ありふれた 気の弱い男女の結び付き方だったのです。

そう‥日本が戦争に負けた頃には 30歳前後の童貞や処女はザラにいました。お金と度胸のある男は 割りに早く赤線・青線でオメコを経験しましたが、それもやがて 廃止されます。そんな環境では 密かに浮世絵・ワイ本やワイ写真を見るのが精々でした。

当事者は二人とも 大年増ですから、結構ムラムラしていましたが でも何せ‥お互いに初めての性交‥媾合です。初めてペニスをヴァギナに‥ ワイ本の言葉通りに云えば、マラをオメコに挿れ嵌め込んだら、これも初めて腰を遣うのだから 大変です。

腰を遣うって云っても 今のように映画や動画で見ることもありません。またオメコをヤッタことが無いのですから、嵌めた状態でキスが出来るかも判りません。大体‥キスそのものが 申し込みの時に初めて体験したのですから、まだ舌の絡め方も 稚拙でした。

さぁ‥これから プロポーズから新婚旅行までを、六回に分けてレポートします。本人達は結構 マラもオメコも濡れていたのですが、始めの一〜二回はヤル場面は出て来ません。その辺は 当時の私達のモドカシサをご一緒に感じていただければ幸いです。◇

『同穴 : 申込Ⅰ』

 これは 女房にプロポーズするまでの経緯です。

 女房の兄とは 大学で同じクラスです。席順がアルファベット順だったことで 席が近くになり、私は「彼の 水際立ったハンサム振り」に 初対面のときから胸が疼きます。私がまだ視覚的バイセクシャルの頃で 恐る々々話し掛け、彼も好意を感じてか すぐ仲良くなれました。それでも 彼が他の友人と談笑していると、いつも理由の無い嫉妬心がこみ上げて 我慢が出来ず、席を外すことも 度々です。そんなある日 まだ世間にモノが無い昭和24年(1949年)頃のことで、闇ルートで手に入ったタバコを 私は吸わないので彼に遣ろうと彼の家を訪れます。そのとき彼は不在で 挨拶に出てきたのが娘時代の女房で、これが 運命の初対面です。そのときの姿は その場ではそう意識しなかったのですが、前髪を眉の上まで垂らし 他の髪を後ろに束ねた可愛い娘でした。

 その引き締まった 和服姿で細い指を衝いて挨拶した姿は、その後一生 私の脳裏に刻み込まれ、私の女房への 性衝動のベースになります。これはズット後に 婚約し結婚してからのことですが、女房を抱けば 「アァ あのときの女の子が…、今 オレの胸に…」と思うし、私のペニスを握らせれば 「あの何にも知らない娘に こんなモノを握らせて…」と思い、身体で繋がりペニスをヴァギナに挿入して 「ピクンピクン… キュッキュッ」と無言で反応し合っていると、あの無垢な娘を 「オレが こんなことを出来るようにしちゃったんだ!」と、そのつど腰の奥がズキンズキンし ペニスの付け根がキュンキュンして、簡単に昇り詰め 一気にイキそうになるのです。‥それは後の話。

 二度目に女房に会ったのは その兄…同級の彼に呼ばれて遊びに行ったときです。話している内に 彼女が紅茶を持って来て呉れます。彼が先に紅茶を一口飲んで 「オイ これ黴クサイぞ!」と云い 彼女は慌てて紅茶を淹れ換えて来ます。後で聞いてみたら 当時私が突っ張って赤い靴下を履いていたので、「このヤロウ 生意気だから湿気った紅茶飲ましてヤルゥ!」と 思ったのだそうです。良く考えれば それは彼女が「そのとき 充分に 私を意識した!」と 云うことだったのでしょう。その後私は 彼へのアポ無しで彼の家を訪ねるようになります。彼が居ないとホッとし 誘われるままに上がり込んで、駄弁って 帰るだけです。

 手一つ 握る訳でありませんでしたが、そんなときの話で 父親が亡くなった後 母親が働きに出て、家事は一切 彼女が遣っていることも知りました。これは後で聞いた話でしすが 父親の収集した春画などを盗み見ていた彼女は、「この人(私)にも アンナ画の様なモノ(ペニス)が着いているのかなぁ…」なんて思って居たそうです。「お互いに オクレていたなぁ…」と 思います。それともあるいは耳年増ですから もう彼女も自分一人で楽しむ位のことはヤッテいたかも知れません。そうであれば そのときに私を思い浮かべてシタかどうか、結婚してから夜のアノの最中に 痴話がてらに聞き出そうとしましたが、とうとう「イヤーン…」の一点張りで 遂に告白しませんでした。

 大学を卒業するとお互いに就職して 彼とも会うことが少なくなります。他に兄弟も居て その面倒を見ていて彼女はソロソロ婚期には遅くなり掛けてきています。私はもうその頃には「結婚するなら 彼女と…」と思い始めていましたが 不思議なことにソコには「あの女(ひと)と ヤリタイ!」と云う肉欲的なものはありません。「居るンなら あの女と一緒に居たい!」‥ と云う思いだけです。ただ云い出して断られたらと考えると 親友との仲も気不味くなるし…、なかなか云い出せずに イッソ彼に中に這入って貰い、意向を聞いて貰おうかと思っていた頃 彼の家の夕食に招かれました。夕食は確かスキ焼きで 他の兄弟も一緒です。一人っ子の私には 珍しくもあり楽しいひと時でした。

 食事が終わり みんなで雑談をしていたとき、ふと彼女が軽く 「昨日の晩 アナタ(私)が遊びに来た夢を見たワ…」と洩らしました。それを聞いて私は「それはまぁ… 夜分に突然お伺いしまして…」と冗談を云いながら 嬉しくなりました。「ヨシこれなら大丈夫だ… 改めて彼女一人のときに、直接にプロポーズしよう!」と 思いを決めました。「夢に出てくるほど 潜在意識に這入っているなら、多分私のプロポーズを 受けて呉れるだろう」と 思ったのです。帰りに当時の都電の駅まで 友達の兄貴と一緒に彼女も送ってきて呉れます。「これならもう 十中八九間違い無い!」と自信を深めました。婚約後にソノコトを 女房に話したら、女房は「損しちゃった!」と云います。(ナニが損なの…? どう云うワケで…?)女房はキット 自分から本音を洩らしのがクヤシイ…、とでも 云うようなことだったのでしょう。(Ⅱへ 続く)


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2014年9月17日 | 告白体験談カテゴリー:人妻との告白体験談

【人妻・熟女】悪夢の休暇【告白体験談】

妻の綾子は43歳。父親の経営する地方のスーパーで経理の仕事をしている。

子供は高校二年の息子と中学三年の娘がいる。

私は地元の銀行に勤める銀行マン。



綾子は私の自慢の妻だった。

有名女子大を卒業し、私と同じ銀行に入社した綾子は優秀だった。

支店勤務は最初の一年程度で、あとはいきなり役員の秘書に抜擢されたのだ。

しかも美人だった。どちらかと言うと和服が似合う日本美人だが、洋服を着ても遜色はなかった。

何より、綾子は品があった。

父親が会社を経営していたせいもあるが、生活に余裕があったらしく、

中学・高校と東京の一流どころに通っていたのだ。

才色兼備に加えて品があった。

そんな綾子とたかが一銀行員の私がどうして結婚出来たのか?

友人や同僚から、よく不思議がられていた。

それは私にとって幸運だった。


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2014年6月15日 | 告白体験談カテゴリー:人妻との告白体験談

【浮気・不倫】以前の彼女、恵子はかなり淫乱な人妻だった。【告白体験談】

人妻の恵子とは知らず2年間付き合った。

彼女は銀座のホステス。美人で和風が似合う人気あるホステス34歳だった。

後でわかったのだが恵子は人妻だったのだ。旦那は中華料理の料理人だった。そんな事は知らず人妻恵子と出来てしまった。

銀座のお店を引けてから、都度つど彼女をタクシーで送って杉並の家まで送った。

ある日、「新宿で降りて飲もうか」という事になって歌舞伎町で二人で飲んだ。

熱燗の日本酒が効いたのか、恵子はほろ酔い機嫌になって僕の手を握りっぱなし。歌舞伎町の人影の無い所で抱き合ってキスした。和服を着てる恵子を抱きしめるのは気持ちが良かった。

自然な形で、ラブホテルに入った。ベットの上で恵子は和服のまま僕と抱き合っていた。

和服の裾が次第に割れ、恵子の生足が見え始めた。ふくよかな恵子の美脚が艶めかしかった。僕は和服の裾を思いっきり開いて、恵子の内股を舐めた。恵子に抵抗は無かった。

恵子のパンテイーを摺り下した時、女の特有な臭いが立ち込めた。

恵子は西川流の踊りもしって、柔軟な腰付きで肉付も良かった。

もう我慢できなかった。和服を思う存分腰へあげて、思い切り挿入してしまった。恵子は気持ちよさそうに受け入れてくれた。

激しかった。和服を着たままの交尾。

帯の胸の苦しさも絡んで恵子は腰を振り続けた。それ以来恵子とは毎週金曜日、お店が引けてからラブホテルインした。

ある日、恵子とラブホテルインしたら、恵子の体臭がいつもと違うのに気が付いた。

「恵子、いつもと違うね」恵子は黙っていた。


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2014年6月8日 | 告白体験談カテゴリー:浮気・不倫の告白体験談

【友達】後家の母【告白体験談】

父親も、私も、鉄道員でした。当時、定年は55歳、3年間の嘱託を終えた、

父は、58歳で、急死。私は30歳独身でした。母は53歳で、田舎では、

後家さんと呼ばれ、注目されています。村の初会合には、1家に1人、酒席

に、出なければなりません。母も嫌々同席しました。案の定お酒を勧められ

エロ談義の的です。私は察して、母を迎えに会場へ、酔いつぶれかけの

母を連れ帰りました。ある程度しっかりしていた母も、お家に帰ると、

ダウンです。当時和服の母は、下着はお腰。仰向きに立て膝、オマンが

丸出しで、寝息をたて始め脚はひらきエロい。陰唇は薄ピンク陰毛は薄くて

グロテスクは感じません。

悪戯気が湧き、クリと膣を優しく愛撫。かすかに「いゃんオトウサン」・・・・・

愛液が滲み出しいやらしい音・・・・・調子に乗って強く掻き回してみましたら、

「うっふん・・・・」腰を遣いはじめ「ああ~ん」私の男根が反り返りピクンピクン

ズボンをずらして、母の股間に割り込んで、一気に挿しますと母は

「おとうさん」とあまえて抱きつきましたが、すでに私は辛抱出来ずに射精

母の膣深くに中出しです。


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2014年6月5日 | 告白体験談カテゴリー:友達との告白体験談

【友達】銀座のホステスとの熱愛。【告白体験談】

僕は銀座のクラブ「S」の恵子と熱愛関係なんです。私34歳、恵子が年上の38歳なんです。恵子はお店でもナンバーワン、いつも素敵な和服姿が良く似合うスラリとした容姿端麗の美人なんです。恵子目当てに通うお客も多いんです。私もその一人でした。ある日、恵子が隣でお酌してくれて、何気なしに映画にでも行こうか。その週の金曜日に新宿ピカデリーに映画に行ったんです。そしてその後お店に同伴したんです。その時はそれで終わったんです。次の週の金曜日、お店が終わってから六本木の瀬里奈へ深夜の食事。シャブシャブを食べお酒が入ったんです。少し酔いが回った恵子。外で僕の腕に掴まり身を寄せてくるんです。和服姿の綺麗な恵子。僕は恵子の手を取って自然体に裏通りに導き強引に唇を奪ったんです。恵子に抵抗は無く、しっかりと抱き合って抱擁を繰り返しながら唇を重ね合ったんです。近くにラブホテルがあった。手を取り合いながら入ったんです。「少し休もう」恵子は僕の目を見つめていた。部屋に入って激しいキスの応酬。和服の袖の下から両手を入れて恵子の乳房を揉んだんです。そしてそのままベットに和服のまま押し倒したんです。和服の裾が割れて恵子の艶めかしい美脚が見え、僕を激情させたんです。裾の割れ目から手を差し込みパンテイーを摩ったんです。もう濡れてるんです。思いっきり帯から和服を剥ぎ、パンテイーを下したんです。女特有の体の匂いなんです。思いっきり美脚を開いて口を当てたら悶えるんです。僕は若いからもう我慢できない。恵子の和服の裾を捲りあげたまま一気に挿入したんです。「アアア嗚呼嗚呼ッーーーー」恵子の喘ぎ声の甲高い事。和服姿で結合した艶めかしさも手伝って恵子の豊かな腰回りを抱え込みながら中出ししたんです。終わってから恵子は和服を解き、お風呂に入ったんです。出てから「もう一回しようよ」っておねだりなんです。再度今度はお互いに全裸で絡み合ったんです。恵子って結構激しいんです。「前彼と別れてから、しばらくセックスが無かったわ。」と言いながら僕を咥えこんでくるんです。その日から僕と恵子は彼氏と彼女になって毎日の如く食事同伴するようになったんです。他のお客から食事に誘われても断る恵子。次第に指名が少なくなったんです。今年の正月は恵子とハワイに行って来たんです。ベランダを全開にしてワイキキの風を部屋に入れての毎夜の絡み合いをしたんです。恵子はハワイに居る間、ムームーを着て、ノーパン、ノーブラで通したんです。そんな恵子を深夜のワイキキの木陰で、ムームーを上げて挿入したんです。今恵子はお客が少なくなったけど、僕との日々のセックスに満足を感じながら銀座の夜で頑張ってるんです。それでも和服美人の恵子を目指して来るお客がまだ多いんです。

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2014年4月25日 | 告白体験談カテゴリー:友達との告白体験談

【人妻・熟女】借金のカタに(その3)【告白体験談】

 金山の講習が終わった後、ナミエという女性を紹介されました。去年からここで働いている女性で、プロとしてやっていくためのスキルをいろいろと妻に教えてくれるとのこと。近くのラブホテルに場所を移して、金持ち相手のプロとしてやっていくための講習をするというのです。30歳くらいの和服の似合いそうな気品のある美しい女性でしたので、その講習に妻と同伴することは気が引けて、近くの喫茶店で私は一人時間を潰すことにしました。

「あら、遠慮なさらなくてもよろしいのに・・」

ナミエさんは悪戯っぽく笑いながら言いましたが、やはり初対面の女性ですし、じゃまになってはいけないと思い遠慮しました。2時間ほど喫茶店で時間を潰していると、妻が明るい顔で戻ってきました。聞くと客との連絡の取り方や、マナーとともに、裸になって床の中での様々なテクを実演しながら教わったとのこと。ローションやバイブを使ったプレイの仕方も教わったそうで、思わず生唾の出る話に、妻についてホテルに行かなかったことを、私はひどく後悔したのでした。その夜は初めて女を抱く高校生のように、震えながら夢中で妻を抱きました。明日はナミエさんについて、青山のブティックに服を揃えに言った後、髪をカットに行くとのことでした。金山からその費用も預かっているとのことですが、いずれ妻の報酬から返さねばならぬとの約束でした。借金の返済のために始めた仕事のために、更に借金が増えるのには抵抗がありますが、致し方のないことでした。翌日外出から大きな紙袋を持って帰ると、妻の髪はショートカットのヘアスタイルになっていました。ナミエさんのアドバイスでそうしたようですが、とてもキュートでいい感じです。ちょっと吉瀬美智子に似ています。青山のブティックで買ってきた服を着ると、どこから見てもセレブでキュートなレディーになりました。昔はミスキャンパスに選ばれたくらいですから素材は良いのですが、最近は生活苦ですっかり華も色気も無くなっていましたので、別人に見える程の変身でした。妻は意外とファッションには執着しないほうなので、この仕事とナミエさんのアドバイスのおかげで妻が美しくなるのは、幾分嬉しくもありました。

妻には赤い携帯と内村典子という偽名が金山から与えられました。

次の日は土曜日でしたが、その夕方に最初の仕事が入りました。都内の某有名ホテル、東京へ出張に来た地方の議員らしい40代の男性です。ホテルの部屋を終えられ、夜8時の待ち合わせです。妻が出かけたあと、私はテレビを見ながら酒を飲みましたが、バラエティー番組を見ても笑えず、酒に酔うこともできずに、ひたすら妻の帰りを待ちました。深夜の3時に妻はタクシーに乗せられ帰ってきました。お帰り、としか言えずに黙っていると、

「心配した?」

と、結構明るい表情で言います。

「そりゃ・・・」

「わたし、けっこう楽しかったよ」

「・・ほんとに・・・」

真顔で聞いたので、妻は

「冗談よォ」

愛しているわ、と言って妻からキスをしてきます。冷蔵庫のビールを飲みながら話を聞くと、男性は九州からの出張中とのことでした。ホテルでのHのあと、ホテルの近くの鮨屋で食事をして、またホテルに帰ってHをしたとのことです。セックスはゴムを付けたオーソドックスなものだったようです。私は新しい大学ノートを買ってきていましたので、妻の話すお客の情報を書き綴りました。少しでも妻の仕事を手伝いたかったのと、妻の「お仕事」の記録を残しておきたかったからです。

次の日は昼過ぎに都内の企業重役と指定のホテルで接客、夜は中堅企業社長との夜のお相手でした。驚くことに報酬は一回10万~20万になりました。世の中には有るところには有るものです。また、お客にしても、それだけ払うのだから秘密と性病の心配はしなくてよいという暗黙の保証を期待しているのでした。実際にもその通りで、妻は婦人科に毎月かかって性病の検査をして、その結果を病院の先生に手帳に記載してもらい、いつもハンドバッグに入れて持っていました。

それから日に1~2件のリクエストがあり、生理の日以外は休みなく仕事か来ました。日に日に妻は美しく、艶っぽく、Hで逞しい女になってゆきました。私とのセックスの時も、27歳の妻は獣のように激しく乱れて汗を流し、一回に出る愛液の量も増えました。大学ノートが半分ほど埋まったある夜、妻は暗い顔で帰ってきました。今日のお客は詐欺で大金を稼いでいるらしく、ドンペリを飲まされたあと、バイブレーターでのプレイや潮吹きをさせられ、最後は生で中だしをされたのでした。帰りに50万を渡されましたが、それは昼間に誰かから騙し取った500万の一部のようでした。金山には斡旋料と借金の返済の1日10万円を払いますので、残りが妻の取り分でしたから、今回は良い金にはなったのですが、後味の悪い思いでした。私は妻に、今度呼ばれたらシャワーを浴びている隙に名前を免許証などで確認して、警察に密告してやろうと言いました。中だしされたことについては、こんな時のために買っておいたクスコで妻のマンコを拡げ、急須に入れたぬるま湯で中を洗ってやりました。子宮の入り口まで白い水糊のような精液がべっとりとくっ付いているのをきれいに洗い流し、後でたっぷりと私が中だしをしておきました。ピルをのんでいるので、妊娠の心配は少なかったのですが。


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2014年4月6日 | 告白体験談カテゴリー:人妻との告白体験談
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